【城太郎日記】ユング心理学・カウンセリング



城太郎日記へようこそ♪
このホームページでは、ユング心理学やカウンセリングについての紹介をしています。

こころの処方箋
こころにも処方箋を。こころに響くエッセイ55篇。
昔話の深層
昔話の奥にある、人間のたましいの世界。
楽天ブックス
はじめに…



『はじめに』




このサイトは、ユング心理学やカウンセリングについて紹介するページです。
(但し、具体的な療法や医療機関を紹介するものではありません)

このサイトの中心にあるのは、私の思いや考え、生き方なので、注意してください。
(ここに書いてあることが、各界の常識とは限りません。また、誰にとってもいいものとは限りません。私にいいものが他者にとっていいとは限らず、またその逆も然りです)

したがって、各コンテンツの内容も、これをすれば成功するとか、これをすれば救われるとか、そういうものではありません。――というか、そういうものは無いとさえ思っています。

どうしたら成功するか、どうしたら救われるか、それは――「はじめ不器用ながらも、何とかやり通す」――それにかかっていると思っています。

はじめ不器用でも、それをやっていく内に、「自分流」を見出し、
――というのは、今存在する、心理学や各種療法、それを自分用に加工して――
そして、結果として、「これが自分です」というものを創造し、表現していくんです。

悩みをきっかけとして、自分と向き合い、自分というものを確立させていくんですね。

(もちろん、そこには源流となるゆるぎない基礎――というのは、各心理学、各種療法の根本――があって、それは間違いなく大切なんですが、それと同時に、それらを自分に対して使えないと意味は半減するんですね。知識や原理は、「技術」に昇華させないと、実際の価値は半減してしまいます)

そういうわけで、「はじめ不器用ながらも、何とかやり通す」、
その過程で「これが自分ですというものを創造し、表現する」、
(あるいは、そういうものとの「つながりを回復する」)
それが最終的に、「救い」につながり、「成功」につながるのだと思っています。

言い換えるなら、近道は無いわけです。
(一気にすべての悩みが解消されるといった、魔法は無いわけですね――残念ながら)
(重い悩みに対して、インスタントな解決方法は無いわけです。詐欺でもない限り)


こういうことを書くと、がっかりする方もおられると思いますが、
まあ、それが現実であり、自然則・自然の理(ことわり)なんだから、しょうがない。

(そういう私も、過去においては、「こういう現実=自然の理」から逃げていた人間で、つまり、インスタントな解決や魔法のような解決方法を探していたクチですが――てへへ)


私の祈りは、それを必要とした人が、痛い思いをしてでも、自身の内外にある自然を受け容れ、その先に進むこと、
自分というものを見出し、その一歩を――最終的には「道」を――記してくれることです。

(まあ、あくまで、「祈り」ですけどね)


で、そのためは、何より、私自身がそれをやり遂げねばならんわけです。


このサイトは、その一部というわけですね。


随分酷なことを書いたとは思いますが、
こういうのを踏まえて、お付き合い下されば、幸いです。



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1.『ダイエットとカウンセリング』 




カウンセリングとダイエットは、似ている部分があります。

@思っているだけでは変らない…

なんとなく痩(や)せたいな〜と思いながら、運動もせずに大いに食べていたら、当たり前ですが痩せません。

同じように、
なんとなく良くなりないな〜と思いながら、今までと同じことを繰り返していても、良くはならないようです。

Aやり方…

正しいやり方でダイエットしないと、効果的には痩せません。

同じように、
正しいやり方でカウンセリングに取り組まないと、あまり効果は得られないようです。

B相性…

人によって、効果が出るダイエットの方法は違うようです。

摂取カロリーが多すぎる人は食事を工夫した方がよさそうです。
運動をあまりしない人は運動して消費カロリーを増やした方がよさそうです。
また、基礎代謝が少ない人は、筋肉を増やすことをした方がいいかもしれません。
このように、自分に足りないものを補うといいようです。

人によって、効果が出やすいカウンセリングの方法が違うこともあります。
心理療法的なことが合う人もいるかもしれませんし、行動療法的なものの方が合う人もいるかもしれません。
薬がより効果的に働く人もいるし、カウンセリングのウエイトが大きい方が効果的な人もいるでしょう。
(症状によっては、薬とカウンセリングの併用が好ましいかもしれません)
これもまた、自分に足りないものを認識し、それを補うといいかもしれませんね。

C誰が?

痩せようと思うのは、自分です。
痩せる努力をするのも、自分です。
結果、痩せるのも、自分です。
(誰かが代わってくれるもんでもないです)

ただ、適切なアドバイスがあると、より効果的に痩せられるようです。
また、周囲の協力があると、これまた効果的です。


良くなろうと思うのは、自分です。
良くなる努力をするのも、自分です。
結果、良くなるのも、自分です。

ただ、適切なアドバイスがある方が、より効果的かもしれません。
また、周囲の理解や協力があるほうが、効果的なようです。

D頑張りすぎるのも…

ダイエットであまりに頑張りすぎると、その反動でリバウンドしやすいようです。
また、続かないように思います。

カウンセリングも、あまり頑張りすぎると、疲弊してしまいます。
時に頑張って、時に休んで、そうしながら続ける方がよさそうです。


E山…

ダイエットを始めた当初は苦しいです。
でも、それも慣れてきます。

段々と体重が減ってきますが、途中で停滞期に入ります。
でも、その停滞期を乗り越えると、また体重が落ち始めます。

また、理想の体重になってからも、しばらく維持するのが大切です。
油断すると、また元に戻ることもあります。


カウンセリングを始めた当初は苦しいことも多いでしょう。
でも、それもある程度慣れてきます。

段々と快方に向かったり、何かしらの答えが見え始めますが、途中で停滞期に入ります。
時に、一見、悪くなったように見えることもあります。
(停滞していた二つの要素が対決を始め、変ろうとしているのです)
でも、その停滞期を乗り越えると、また快方に向かいます。
(対決していた二つの要素が、統合を始めます)
カウンセリングでは、これをある程度、繰り返す場合が多いようです。
でも、停滞期の期間は段々と短くなり、また、乗り越え方も分かってきます。
耐性も付いてくるでしょうか。

カウンセリングでも、良くなったと思ってからも、しばらく維持するのが大切です。
特に薬を服用している場合、急に服用を止めるのは良くないようです。
ぶり返す場合が多いからです。
医師の相談の元、段々と減らしていくのが良いようです。


F邪魔するもの…

さて、ダイエットしようか…そう思ったとき、不思議なことに、いつも、おいしいものが目の前に現れることがあります。
ダイエットしようと思ったときに限って、お土産にケーキを買ってきてくれたり、食事に誘われたりします。
この時に、おいしいものを食べてばかりでは成功しません。

今日はちょっと食べるのを控えてみようか、今日だけは誘いを断ってみようか、
…そんな「ちょとだけ」の積み重ねで、痩せる部分もあります。
また、それをするには、本人の意志が必要です。


良くなるために何かをしようとする時、そんな時に限って、何かに邪魔されてしまうことがあります。
心無い一言でやる気が失せる場合もあります。
何かの事情で、時間を奪われる場合もあります。
いろいろと悪い想像が湧き上がって、身動きが取れなくなることもあるかもしれません。

でも、そんな時、「ちょっとだけ、やってみようか」…そう思ってやっていると、
その「ちょっとだけ」の積み重ねで、良くなっていく場合もあるようです。
また、それを可能にするのは、自分の意志です。

(進んだ分だけ進み、進んでない分は進みません。――まあ、進みすぎても疲れちゃうわけですが…)


G自分で…

痩せるのは自分です。誰も代わってくれません。
だからこそ、痩せた時には嬉しいものです。

良くなるのは自分です。誰も自分の人生を代わってくれません。
だからこそ、自分の人生を生きるようになった時、とても嬉しいのです。

世界が変わったように、晴れ晴れとした気分になります。

自分では分からなくても、人から、「かわったね」と言われたりします。


上記のように、ダイエットとカウンセリングは似ている部分があります。
そして、ある程度、しんどい部分があります。
しんどいから、効果が出ます。
その分の喜びもあるように思います。



そういうわけで、ダイエットとカウンセリングは似ている部分があるように思うわけですが、ダイエットにしても、カウンセリングにしても、出来るだけ効果的に、
そして、結果が残せるように、取り組みたいものです。



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2.『価値ある人』 




ユングは言います、
「ノイローゼになる人は、何らかの意味で普通以上の何かをもった人である」と。

河合隼雄氏は言います、
「ノイローゼになる人は、選ばれた人である」と。

私は思います、
「悩む人は、悩むだけの価値のある人である」と。



私の知っている人に、自分の悩んでいた期間を「暗黒の20年」と呼んだ人がいます。

この人は、ある意味、20年間悩みぬく力を持っていたとも言えるでしょう。
20年間も悩むということは、並大抵なことではありません。

1日だって、1週間だって、1ヶ月だって、悩むということは大変なことです。
そう思うと、悩む人には悩むだけの力が、そんな価値が、可能性があるのだと思えてなりません。

悩みに留まるのは苦しいことです。
でも、悩む人は、悩みを突き抜けるだけの可能性を持っているのではないでしょうか?

もちろん、それは簡単なことではありません。
前述の人は、突き抜けるのに20年かかりました。

それでも、その人は悩みを突き抜けたのです。

その人は言いました、「人生は上々だ」と。



私は思います、
この人は、これからの人生で「20年間悩んだ分だけのこと」を何らかの「カタチ」にするのだろうと。なんからのカタチで表現し、何ものかを創造するのだろうと…。

それが目に見えるものか、内的なものか、外的なものか、それは分かりませんが、
何らかの「カタチ」にはするのだと思います。



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3.『心の掃除』 




・掃除をしなければならないが、なかなかやる気になれない。
・掃除をしたい気持ちはあるが、ついつい先延ばしにしてしまう。
・掃除をしようとしたら、なぜか別の用事ができて、掃除に取り掛かれない。
・掃除をしようと思うが、どこから手をつけていいか分からない。
・掃除が苦手だ。
・掃除をしないでおいたら、収拾がつかなくなった。
・掃除をする暇がない。

こういう人は意外と多いのではないでしょうか。



では、掃除の前に「心の」という言葉をつけたらどうでしょう?

・心の掃除をしなければならないが、なかなかやる気になれない。
・心の掃除をしたい気持ちはあるが、ついつい先延ばしにしてしまう。
・心の掃除をしようとしたら、なぜか別の用事ができて、掃除に取り掛かれない。
・心の掃除をしようと思うが、どこから手をつけていいか分からない。
・心の掃除が苦手だ。
・心の掃除をしないでおいたら、収拾がつかなくなった。
・心の掃除をする暇がない。

たまには、心の整理整頓をするのも良いかもしれません。



掃除といえば、

・要らないものを捨てられない人も多いようです→心の掃除では、「思い込み」や「決め付け」、「今までの価値観」や「今までの生き方」、それらがそうでしょうか。なかなか捨てられません。
・窓拭きをすると、外の景色がきれいになったりします→心の汚れも拭いた方がよさそうです。外の景色がきれいに見えるかもしれません。目を曇らせる、そんな何かを除去したほうがいいのかもしれません。
「思い込み」や「決め付け」、「囚われ」や「パターン」を拭き取ると、新たなものが見えるかもしれません。
・家の掃除には、家族の協力が必要となります→心の掃除も、時に、家族の協力が必要になります。
・掃除をしたら、意外と部屋が広いことに気づくかもしれません→心の掃除をすることで、世界観が広がるかもしれません。
・掃除しないと、当たり前ですが、片付きません→収拾がつかなくなる前に、心の掃除を始めておいたほうがいいかもしれません。


快適な生活を送るには、心の掃除も大切かも…
(そういう、掃除などの夢をみて、気づく方もいるかもしれませんね)



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4.『一歩踏み出す』 




人間誰しも悩んだり、苦しんだりするものですが、それがあまりに強かったり、長期にわたっていたら、何らかのアクションを起こしたほうがいいかもしれませんね。
日常生活が困難になったり、不安でたまらなかったり、今にも押しつぶされそうなら、一歩踏み出したほうがいいかもしれません。

一人で悩んでいても解決しないかもしれません。
それよりは専門家に相談した方が良さそうです。

カウンセラー、精神科・神経クリニック・心療内科などの医師…そんな専門家に相談した方がいいかもしれません。

自分で判断がつかない場合や、いきなり医療機関を訪ねるのに抵抗がある場合は、市や区などの行政の『保健所』、『保健センター』に相談すれば、話を聞いてもらえたり、医療機関を紹介してくれたりすると思います。

『保健所』や『保健センター』、『精神福祉保健センター』には、精神保健福祉相談などの窓口があるはずです。
これはインターネットでも調べられますし、タウンページでも調べられます。

守秘義務も守ってくれるはずです。
あまりに心の負担が大きい場合は、相談されたらいいと思います。


専門医にかかるほどではないけれど、自分と向き合ってみたいとか、
心理学に興味あるという方は、本ホームページを読んでみてください。

ユング心理学の紹介や、カウンセリングについての私見を掲載しています。

「生き方のヒント」というページもあります。

(ただ、あまりに心の負担が大きい場合は、やはり専門家に相談した方がいいと思います。助けを求めることも、大切なことのひとつだと思います)



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5.『カウンセリングとは?』 




「カウンセリングを受けること」=「何かしらの答えをカウンセラーに与えてもらうこと」と思っている方もいるかもしれませんが、実は違います。

「カウンセリングを受けること」は「自分で答えを導き出すこと」です。

カウンセラーは、その助けをする人間です。
したがって、カウンセラーは「ああしろ、こうしろ」とは言いません。
答えそのものを出すこともしません。

カウンセラーがする事といえば、一緒に悩むこと、一緒に話し合うこと、クライアントさんを受け容れることなどです。
(したがって、カウンセラーには「聴く」ということが非常に大事になってきます)

カウンセリングは、クライアントさんの「人間成長の物語」、「自己成長の物語」です。
そしてカウンセラーは、クライアントさんが変容するための「触媒」です。

答えを出すのも、成長するもの、変容するのもクライアントさんですが、
カウンセラーはそれを助ける、有効な「触媒」になることを目指しています。
(錬金術で言えば、あらゆる物質を金に変える、賢者の石ですね。クライアントさんの人生を、輝かしいものに変える、そんな触媒を目指すのです――まあ、カッコよく言えば、ですが)



カウンセリングは治療の場ですから、そこには「悩みの解消」という一面があります。

・「外に出られなかったのが、外出できるようになった」とか、
・「不安が少しずつ治まってきた」とか、
・「沈みがちだった気持ちが、晴れやかになってきた」とか、
・「眠れるようになってきた」とか、

…このように快方に向かうことは大事なことです。

しかし、カウンセリングを深めていると、それは「悩みの解消」のみならず、
「悩みの変容」という一面も出てくると思います。

(「悩みの解消」の前段階として、「悩みの変容」が出現する場合も多いでしょう)

今までちゃんと向き合って悩めなかったものに、だんだんと向き合って、悩めるように変わってくるんですね。恐々ながら、少しずつ向き合い、少しずつ悩めるようになってくるんです。
だから、また当然、くたびれたりもするわけです。症状がぶり返したり、悪化したように見える場合もあるでしょう。

あるいは、そこには、「間違った悩み方を修正する」とか、「悩み方を、悩みやすいようにする」、「本来悩むべきことを、しっかり悩む」…そんな一面もあるように思います。

もちろん、悩むのは辛いのですが、悩んだからこそ得られる答えもあります。
(最近は、「ちゃんと悩んでないことで起こる不安」というのも、多いようです)
ただ、間違った方向で悩むと辛いばかりだし、同じところをぐるぐる回ることになりますから、
そういうことを避けるために、「いい方向に、悩み方を変容させる」のです。



カウンセリングを「癒しの場」であるとか、「問題を忘れさせてくれる場」と思っている人もいるかもしれませんが、
カウンセリングはむしろ、「悩みを深める」とか、「悩みと向き合う」という意味の方が強いように思います。

時に、悩みと向き合い、悩みを深め、
そうしながら、少しずつ答えを出したり、人生を受け容れたりしていきます。
そういう仕事を通して、自ら十分に納得し、
ゆえに、それが「癒し」につながり、「問題を忘れる」のではなくて、「問題を消化したり、受け容れたりすることで、それに囚われることがなくなっていく」のです。

とはいえ、対決ばかりではうまくいきませんし、パンクしてしまいますから、
時に休んだり、時には(一時的に)逃避したりしながらでも、少しずつ、悩みと向かい合っていくのです。

だんだん悩めるように、向かい合えるように、そうやって変容していくんですね。
そして、答えは、その先にあります。



カウンセリングは、ユング心理学的にいうと、
・自分の影と対決したり、受け容れたりすることでもあるし、
(影とは、自分の嫌な面、認めたくない面、未知なる半面などです)
・自分のペルソナを磨くことでもあるし、
(ペルソナとは、適切な態度や外面のことです)
・自分の内面と向き合うことでもあります。
(自己対決)
・また、その過程で、自分を認めていくことでもあります。
(自己受容)

これは危険を伴なう仕事でもありますし、辛く厳しい作業でもあります。
ホント、しんどいです。

ただ、その中で、出来るだけ危険を回避し、良い方向に変容する「助け」になろうとするのが、心理学であり、カウンセリングの技法であると思います。


そういうこともご理解いただいたうえで、各ページを御覧いただけたらと思います。

そして、それが「良いヒント」になることを、心から願います。

(ただ、読むのがつらくなった時は、読むのを止めたほうがよさそうです。またエネルギー補給が出来て、余裕・余力が出てから、読んだらいいと思います)
(まあ、ぼちぼちですよ、ぼちぼち)


関連記事:「導かないという事…」



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6.『禅とカウンセリング』 




禅でいう「悟り」や「救い」は、自己体験や自己感覚から来るといわれます。

何かしらの体験をしたり、何かしらの感覚を得たり、
そうやって、身に沁みることで、深く理解します。
(身に沁みてこそ、悟れます)

したがって、知識や情報のみでは、悟ることはできません。
そこに、何かしらの体験が伴なわなければ、深く心に基礎付きません。

これは知識や情報に対し、「体験知」と言えるでしょうか。



禅の悟りは、「冷暖自知」だといわれます。

これは、実際に水に触れ、火に触れてこそ、その冷暖の事実をはっきりとつかめるという意味です。
(あるいは、何事も自分で体験しなければ分からない、ともいえます)



カウンセリングもまた、「体験知」の世界です。

自ら苦悩や葛藤を体験し、そこから答えを導き出します。
そこに深い意味があり、それでこそ身に沁みて、心に基礎付きます。
(他人事では分からない、ともいえるでしょうか)

誰の体験でもない、自分の体験、
誰の人生でもない、自分の人生、
そこから、自分だけの「答え」、「悟り」や「救い」が生まれるのです。

だからこそ、それが身に沁みて、理解できます。
(しっかり、身に付きます)



苦悩や葛藤にも意味がある、と私は考えます。

苦悩や葛藤に留まるのは辛く苦しいことです。

しかし、悩みに悩みぬき、体験し切ったところにこそ、「悟り」や「救い」があるように思います。

残念ながら、苦悩や葛藤抜きに、その境地には辿り着けないようです。

ある意味、悩みや葛藤があるということは「悟り」や「救い」に到達するためのチケットを手にした状態である、とも捉えることが出来るかもしれません。

ただ、苦悩や葛藤に留まるのは苦しいですから、先に進んだほうがいいでしょう。
(もっとも、急ぎすぎは危険なので、注意しなくてはなりませんが)

苦悩や葛藤を通して、「どこへ行くのか?」「どうなっていくのか?」…それが「悟り」や「救い」につながるように思います。



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7.『花』 




当たり前ですが、桜の木には桜の花が咲き、梅ノ木には梅の花が咲きます。
チューリップだって、百合だって、れんげ草だって、そうです。

人間も、案外、これと同じかもしれません。



この世に生まれてきた我々は、いったいどんな花を咲かせるのでしょうか?

どんな花を咲かせるために、生まれてきたのでしょうか?

人間、なかなか自分の持つ可能性、「花」を知ることはできませんが、
せっかく生まれてきたのですから、自分だけの花を咲かせたいものです。



人間と植物の違いといえば、「意志」(will)の有る無しでしょうか?
(意志があるが故に、人は悩んだりしますが…)

意志を持って、行動する、

自分の意志で、自分だけの花を咲かせるように、行動する、

もちろん、そこにはリスクも努力も、葛藤も根気も伴なうわけですが、
せっかく生まれてきたのですから、人間として、たった一人の個人として、自分の花を咲かせるのもいいかもしれません。

(偶然や人のことを頼りにするのではなく、意志を持て、ひと花咲かせるのも、いいかもしれません)

(…そうしていると、意味深い偶然や、何らかの人が、助けてくれるところが、人生の、不思議でもあり面白いところのように思います)

自分にしかないもの(独自性)を知り、それを花開かせる…そういうことを人生の目標の一つとして設定するのも、いいかもしれません。
(こういうことは、「個性化」であるとか、「アイデンティティーの確立」と関連があるようです)


PS:

自分の人生を決定するのは、自分であり、自分の意志です。

仮に、人生に支配者がいるとするならば、それは神でもなく、身近な権威者でもなく、「自分」あるいは「自分の意志」かもしれません。


さてさて、どんな花が咲くでしょうか…

(我々は、既に自分の中に、何かの種を持っています)



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8.『自分自身を大切に…』 




take care of yourself

お大事に、

自分自身を大切に、

自分自身をケアしてね、



実はこれ、たいへん重要で、けっこう難しくて、誰しも耳が痛い言葉だったりします。



誰かのために…そう思うことは、人間の美徳のひとつだと思います。
私は、日本人らしい美しさ、だとも思っています。

でも、誰かのために、何かを成したいなら、
まず、「自分」からです。

自分を大事にできたら、
自分を大切にできたら、
自分をケアできたら、

それを人に伝えることができます。
(押し付けちゃ、いけませんが)

自分が経験した、良いこと、悪いこと、
(良いことも、悪いことも)
素晴らしかったこと、危険だったこと、
(素晴らしかったことも、危険だったことも)

それを伝えられます。
(もっとも、それを聞く聞かない、使う使わない、参考にする参考にしない、を決めるのは相手です)

何より、痛みや辛さが分かります。
(だから、何も言わないかもしれません)



take care of yourself

自分自身を大事にします、自分自身を大事にしてね、

自分自身を大切にします、自分自身を大切にしてね、

自分自身をケアします、自分自身をケアしてね、



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おわりに…




心理学は、自分に使うためにあります。
心理学は、人を批判したり、攻撃するためにあるのでもありません。
実は、人を心配するためにあるのでもありません。
人を心配するよりは、自分を深めるためにあります。
(それが後に、人のためになることもあります)
繰り返しますが、心理学は基本的に、自分に使うためにあります。

自分に使うといっても、そのままでは使えないようです。
「自分に合うように」加工する必要があります。
そして、自分に合った事が、そのまま人に通用するとは限りません。
(押し付けは危険です)

つまるところ、心理学は、「自分がどう生きるか」という為の助けです。
「人がどうこう」ではなくて、「自分がどうか、どうするか、どう生きるのか」の助けです。

(もっとも、今に残る心理学にはそれなりの意味があって、個人的な問題から始まったものが、広く学問や治療に活かされるように洗練されています)

(治療者にしろ、「代わりに生きる」ことなんてできないのですから、できることは「サポート」です。「本人が如何に生きるか」、それが最も重要なことです。このHPにしろ、その「ヒント」に過ぎません。しかも、自分に使うには、それなりに加工する事が必要です)


価値ある道は困難である。
困難な道を乗り越えた時、それは価値あるものとなる。

――苦しいし、厳しいけど、それが自然の理(ことわり)であると思います。

だから、
悩むことはダメなことじゃない、
苦しむことがいけないわけじゃない、
その先に、きっと、価値ある何かが待っているのだと思います。

(強くなるってことは、それを待てるってことだと思います)



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注意事項




本HPは、ユング心理学やカウンセリングについての情報の紹介を、主な目的にしています。

悩んでいる人を癒すとか、導くとか、そういった大それたことは考えておりません。
したがって、本HPを閲覧しただけで、人生が好転するとは期待しないで下さい。
また、それについて責任は負えません。

「カウンセリングとは?」 「導かないという事…」参照)

とはいえ、本HPに書かれてある情報が、何かしらのヒントになることは期待します。
(それは祈りに近いものかもしれませんが…)


自分の内面と向き合うということは、大変厳しいことです。
また、危険なことでもあります。

疲弊することも当たり前にありますし、病気になることだってあります。
したがって、本HPに限らず、心理系のサイトの閲覧に際しては十分に気をつけてください。
(一旦引くこともまた、大切な事です)

そして、あまりに負担が大きい時は、十分な休養をとったり、
専門家に相談することをお薦めします。


なお、本HP閲覧は自己責任において御願いします。
(自己に責任を負えない方は、閲覧しないことをお薦めします)



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