ユング心理学、カウンセリングと日記


     

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「幸せのカタチ」
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読み物
   
 「幸せのカタチ」
  「コンプレックス、その破壊と創造」 (2005年08月04日)
 「善悪の彼岸」
 「立ち位置とか」 (2005年10月29日)
 「You are OK、I am OK」 (2005年11月28日)
 「同じじゃないということ――同じと違うの向こう側」 (2005年12月05日)
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 「五感と暴力/五感と心地好さ」 (2006年08月21日)
 「羨ましいということ…」 (2007年05月08日)





                      「幸せのカタチ」


人は、何かしらの、幸せのカタチを持っています。

そのカタチは、人によって様々ですが、
人は何かしらの、幸せの記憶を持つものだと思います。

(目を閉じると、そういうものが浮かんでくるかもしれません)

しかし、そんな素敵な幸せのカタチも、時に、破綻することがあります。



ある集団なり、ある人なりには、幸せのカタチ、幸せのモデル、があると思うのですが、
それが永久不変かというと、そうでもないようです。

悲しいですが、それは古くなったり、現実問題での幸せにそぐわなくなってしまうことも度々です。

集団を構成する、ある人とある人の間で、幸せのカタチが、分かれてしまうこともあります。

以前、皆の幸せのカタチであったものが、「縛り」になって、
人を苦しめる場合もあるようです。

(なんともいえない気分になりますが…)



悲しいことに、
あの過去の幸せが、以前の幸せのカタチが、
今の幸せとは限らない、

そんな現実、
そんな悲しい現実もあるように思います。



過去の幸せはウソでもなんでもなくて、
今にも、そこにありそうで、
しかし、今の幸せのカタチにはそぐわない、

――そんな悲しい二面性があります。



この悲しい現実を無視して、無理やり(以前の)幸せのカタチに押し込もうとすると、
そこからはみ出た部分は死んでしまうかもしれません。

それよりは、そんな悲しい現実を受け止め、
ある意味、喪に服し、
折り合いや、収束点、折衷点を見つけるほうがいいかもしれません。





戦後や高度成長期、我々の先人は、身を削って働き、豊かな日本を作ってくれました。

私の人生を振り返っても、幼少の頃と今とでは、その豊かさに大いなる差があります。
今当たり前のものが、幼少の頃にはありませんでした。
ホントです。

私の前の世代なら、もっと大きな差があるのだと思います。

(食べ物、電化製品、交通機関、娯楽――etc、etc)



私は、先人たちの働き、頑張り…その恩恵によって、今、豊かに暮らしていけていると思っています。
(この辺に関しては、闇の面、否定的な面もあるでしょうが、それは別の機会に…)

私は、先人たちのおかげで、多くの幸せをいただいていると思います。
当たり前にある、今の幸せ、豊かさも、その恩恵だと思います。
(別に難しく考えなくても、「親への恩」などを考えたら、いいかもしれません)



しかし、『それだけ』では立ち行けなくなっている、のも事実です。


一生懸命働き、家のため、社会のために尽くすのは、今でも素晴らしいことではありますが、
『それだけ』では、持たなくなっているようです。

世の中が貧しさの中から豊かに変容したように、
幸せのカタチもまた、変容しているようです。

(悲しい感じもしますが…)



非常にざっくりした言い方をすると、

・家の者を食わすだけでは、足りなくなっているようです。
(食わすこと自体は今でも価値あることだと思いますが、それだけでは持たなくなっているように思います)
(人の望む、豊かさのカタチもまた、変容してきているようです)

・豊かになった今、仕事の選択においても、昔とは趣(おもむき)が変わっているようです。

(贅沢な話ではありますが)

・職業としての仕事に打ち込むのは素晴らしいことですが、それだけでは持たなくなっているようです。
(特に、人生の後半において、「人生の仕事(課題)」と直面せざるを得ない状況に追い込まれることは多々あるようです)
(場合によっては、心の病になることで、それに気づかされたりします)
(あるいは、「家族(一族)の課題」を、一人が背負わされる場合もあります。一人の問題から、家族の問題が浮き彫りになることもあります)

・家族の団欒(だんらん)のカタチも、また変容してきているようです。
(小さい頃の団欒が――あの素晴らしい団欒が――破綻したり、重荷になることも、よくあると思います)

・家族でも、社会でも、その「関わり方」、「コミットの仕方」が変容してきているようです。
(あるいは、新たに「関わること」「コミットすること」が望まれており、いろんな苦しみや葛藤を通して、そのカタチを見出そうとしているのかもしれません)



幸せのカタチを変えるのは、ある意味、
以前の幸せのカタチを壊すとか、捨てるとか、
――そういう面もありますから、悲しい感じもしますが、

少し見方を変えると、
過去の幸せのカタチが、その役割を終え、往生し、
新しく生まれ変わる――とも取れます。


過去の幸せに対し、何も感じないのも寂しいものがありますが、
喪に服しながら、過去の幸せを送り(見送り)、
次なる幸せのカタチを待つのも、ひとつの方法かもしれません。





・自分に合った道を歩み、
・自分に合った仲間に囲まれ、
・自分に合った居場所があり、

・逃避でもなく、
・無理やり思い込むでもなく、
・ましてや他人の価値観などではなく、

・確かに私は私であると胸を張って言える、

――それが幸せのひとつのカタチかもしれません。



そのために、

・自分に合った道を探し、
・自分に合った仲間を求め、
・自分に合った居場所を探し、

・逃避でもなく、
・無理やり思い込むでもなく、
・ましてや他人の価値観などではなく、
・上記のようなものを見出し、

・確かに私は私である、と胸を張って言える私を確立する、

――そういう仕事を(人生のどこかで)するのもいいかもしれません。



以前の幸せから足を踏み出すのは悲しいことでもありますが、
その(ある意味、人間らしい)悲しみを胸に、
新しい一歩を踏み出すのも、いいかもしれません。



【元記事】「幸せのカタチ」(日記より)
http://www.mypress.jp/v2_writers/joutarou/idx/?mycategory_id=34021






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